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2025年2月法話(24)

「良いことと悪いこと」
世の中の宗教の教えが正しいものであれば、真理ですから誰が批判しようと変わることはありません。
「批判してはならない」とか「疑問を持ってはいけない」とか「ただ信じていればよい」という宗教があれば、その一点だけを見ても真理ではない。教えが間違っていると言えます。
お釈迦様の教えは真理を説いていますから、「間違っていると思うなら批判して下さい。間違いを証明して下さい。」と堂々としています。
その教えとは端的に言うと「どうすれば幸せに生きられるか。満足した一生を送れるか。」というものであり、真理とは「変わらないものでなければならない。矛盾があってはならない。誰もが行うことができなければならない。」と教えられています。
しかし多くの宗教は「ただ信じればいい」というだけのものであり、何も証明できていません。証明できないものは「信じる」か「信じない」かしかなくなります。そしていったん信じると、その信仰に従い、正しいかどうか議論することも無く、疑問を抱くこともなくなります。
言い換えると、その信仰と引き換えに自分の自由を相手に預けてしまうことになり、同時に信仰を理由に自己責任も放棄してしまいます。
心の弱い人は楽に生きられる道なのかもしれません。
心が弱い人、怖がりな人は武器を持とうとします。自信の無い人は強がります。不満のある人は派手に自己主張しようとします。抑圧された人は権力や地位を求めます。
本当に強い人、自信のある人、能力のある人は他人の非をとがめたり攻撃したりはしません。
そういう人は「いいこと」をいつも行います。家のみならず周辺までも掃除したり、災害に遭った人々のために募金したり、苦境にある友人のために共に泣いたり親切にします。
「いいこと」はその時は大変でも、後から嬉しい気持ちや安心な心の落ち着きや清々しさを味わいます。逆に「わるいこと」はその時は満足しても、後から嫌な気持ち、いたたまれない気持ち、後悔の念を味わうことになります。
「いいこと」が苦しいのはその時だけ、後は楽しいのです。
「わるいこと」は楽しいのはその時だけ、後は苦しいのです。
どちらを選ぶかで、その人が幸せかどうかが決まります。